2007/12/06

第七話「暗黒時代の幕開け」

離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった

  第七話「暗黒時代の幕開け」


私が悲しいと感じるのは自分のことだけ。そう自分と確認しあった小学生の私。
極力家族や、親のことを考えないように生きるよう努力をした。

「私は私のために生きる」

一日に何度も呪文のように自分に言い聞かせることもあった。

そして私は小学校を卒業した。

中学校はクソだった。

友人関係、教師、規則など、イヤなことがてんこ盛りで、
卒業してから1度も足を踏み入れていない。

私の中で暗黒の時代になっている中学校時代、その暗黒時代形成の一躍を担ったのが親の別居。

だけど当時の日記には親の話は一切書かなかった。
親と自分は切り離して考えることに決めていたので、書かないことに決めていた。

だけどやはり影響は出ていたと思う。

母親がでていく冬までの期間、私の吐き気もピークを迎えていた。吐き気の回数は多くなり、中学校でも何回も気持ち悪くなった。

言葉遣いも悪くなったし、
色んなことに対して以前よりも攻撃的になっていった。

次回からはそんな暗黒時代・・・じゃない中学校時代に突入します。



***つづく

第六話「私の人生、私の心なのに…」

離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった

 第六話「私の人生、私の心なのに…」



家族の関係を修復できないでいる私のことなんて気にもとめないかのように、勝手に夏がきて、春がきて、秋がきた。

おばあちゃん達と食べるご飯にも段々慣れてきた。でも夜は怖いから、なるべくおばあちゃんと一緒にお風呂に入った。

いくら頑張っても私の気持ちは両親に伝わらない。一度だけ伝えたけど(※第五話参照)あんまり意味なかったし。

家の中の重苦しい空気の中で生活するのも、呼吸困難になりそうな怒りと悲しみを抑えるのにも、

もう疲れた。

吐き気をもよおす回数も段々増えてきた気もするし。



そして、とうとう私はある結論に達した。

「もう親に振り回されるのはいやだ」

「どうしてお父さんお母さんの仲が悪いことで、私の心が傷付けられなくちゃいけないの?私の人生、私の心なのに・・・・」

「私が直接何かされたわけじゃないんだし、親同士がモメてることで、私までが不幸になってたまるか!」

「親の問題は、自分とは切り離して考えよう」

それ以来、私は自分の本心を親に話さないことにした。もう自分が何をしても無駄なら、せめて傷つかないようにしようと思った。

「私の考えは私のもの。この人達と関係ないし、この人達の気持ちも私には関係ない。別に離婚したっていいよ。そんなの私に関係ないもん。あなた達が離婚したことで、私の心が悲しいと感じたりはしない。私が悲しいと思うのは、自分のことだけ。」

自分と親を切り離して考えるようにしたため、その後も親の前ではそれぞれ一度しか泣いていない。この1年後、母が「お母さん別の場所で暮らすの」と言ったときも「ふーん」とかしか言わなかった。それが私にできる精一杯だった。


****つづく

第五話「最初で最後の手紙」

離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった
 
 第五話「最初で最後の手紙」

※今回の話しはなるべく当時の口調に合わせて書いています。


両親は毎晩、私が寝た頃を見計らって、食卓で話し合いをするようになった。でも、いつも夜中まで親の帰りを待っていた宵っ張りの私は、そんな簡単には寝付けない。

毎晩、そーっとドアに耳をあてて、話している内容を盗み聞きしようとした。

廊下を抜き足差し足で歩いていって、ドアが揺れないように静かに耳を押し当てる。これって結構難しいんですよ!

でも声が小さくてよく聞こえない。
父が母に「お前と一緒だったら学校は・・・・」とか言っている台詞が聞こえた。

離婚なのかな、何なのかな。
不安になったけど、でも離婚なんてまだ全然ピンとこない。とにもかくにも、話している内容を探らなくては。

そこで私は食卓のテーブルの裏に、テープレコーダーをセットしてみたりしたが、やっぱりよく聞こえなかった。ただ二人とも低く怖い声でボソボソ話しているだけ。話の内容はわからなかった。

両親が夜中に話し合いをしていると、なんか物凄く不安になってきて、怖くて、やっぱり涙が滲んできちゃう。

ある夜、私はたまらなくなって自分の部屋からペンとメモを持ってきた。

「誰もわるくないよ、だからケンカはやめて」
とそのメモに書いて、二人が話し合っている部屋のドアに押し込んだ。

これまで私は両親に、「仲良くして」とかそんな自分の気持ちを伝えたことは一度もなかったから、このメモを渡すのはすごく勇気がいることだった。
だって自分の気持ちを伝えて拒否されるのが怖かったし、その話題自体を持ち出すのも怖かったから。

でも
押し込んだ時、

ドアが揺れてガタガタ音を立ててしまった。

やばい!
私は音に気づいて親が部屋から出てくると思い、急いで寝室に戻って布団にもぐりこんだ。
だって顔をあわせたら気まずい。(こんな涙でくしゃくしゃの顔を見せるのも嫌だし)

そしたら数分後にお父さんが寝室に入ってきて、「ごめんな」とか何とかって言っていた。緊張していたのであんまり良く覚えていない。

心の中で「やっぱり気持ちを伝えても、ダメだった」とだけ思った。

すぐにお母さんも寝室に戻ってきて、二人とも私を間に挟んで寝た。

私は左手をお父さんの布団の中に入れて、お父さんの手を探した。握ったお父さんの手はすごく大きかった。右手はお母さんの手を握った。お母さんの手はどんなだったか、よく覚えていない。

上を向いて目をつむっていたのに、涙が溢れてくるぐらい大量に出てきて、鼻水もたれてきた。

頭は真っ白で何も考えられなかった。

ただただ、
悲しい、苦しい、胸を押さえつけられるような感情の高ぶりを抑えるのに、精一杯だった。

私の初めての小さな勇気はどれほど伝わったのだろう。
次の日以降も、状況はほとんど変わらなかった。

そして、私はある結論に達する。

***つづく

2007/11/24

第四話「久しぶりの食事は涙と吐き気と…」

離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった

  第四話「久しぶりの食事は涙と吐き気と…」


※今回の話しはなるべく当時の口調に合わせて書いています。


自分と(頭の中で)相談をするようになってから、なんか味方ができたような気になってきた。少しだけ気持ちも楽になった…ような気がしないでもないような…。


私は小6になった。お受験の始まる友達もいて、中学校が身近に感じるようになってきた。
ただ小6になった後も相変わらず突然吐き気をもよおす症状が治らず、「本当に何の病気?」とだんだん不安を覚えるようになってきた。
両親は仕事が忙しいのか、前にもまして家にいない時間が増えた。夕食はおじいちゃん、おばあちゃんと食べるのが日課になってきた。もともと二世帯住宅だったから、以前は夕食も親子3人だけで食べていたんだけど…。おばあちゃん達はご飯と魚ばっかりで、昔の人だからちょっと古くなったものでも勿体無いから食べなさいって言われるし、なんかすごく食欲がうせちゃう…、あーこれなら外食したほうがましじゃん。


小6になってからのある日、家族で久しぶりに近所の中華料理屋に外食にいった。親子3人の食事は本当に久しぶりで、内心すごく楽しみだった。
でも、結局私の期待はぼろぼろに踏みつけられるのだった。
お店に入った後もお父さんはずっとイライラしてて、奥のお客さん達が盛り上がってうるさいのを見て「本当にうるせーなー、何なんだよ!」とわざと聞こえるように大きな声で叫んだりした。お店の人も「すみません、何かの集まりのようで」と言っていたが、私はすっごく恥ずかしくて、しかも奥のお客さんに聞こえたらどうしようとハラハラしていた。お母さんがお父さんをなだめようと「これ美味しいね」なんて言っても、余計怒り出す始末…。
あ~あ、なにこれ。こんなの私が楽しみにしていた食事じゃない…。
そしたらまた突然例の症状が現れ初めて!う…、き、気持ち悪い。私はお店のトイレに行って、便器の上で「オエェ」と吐こうとした。
でも何も出てこない。気持ち悪いのにいっつも吐けない。
なんでか、今度は吐けない代わりに涙が出てきた…目頭も熱くなってきた。でも急いでトイレの紙で目を押さえて涙を吸収させた(泣いているところなんて見せたら格好悪いし、一応家族で食事に来たんだし)。

席に戻った後も、お父さんは相変わらずムカつく感じで、食べ物も全然美味しく感じなくて、私は結局5回くらいトイレを行ったりきたりした。
もう、いつまでこんな事が続くのかな。お父さんとお母さんは仲直りできないのかな。お手伝いを頑張っても、何しても、何も変わらない。

私はどんどんやる気がなくなってきた。
***つづく

第三話「一人の夜、味方は自分だけ」

 離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった
  第三話「一人の夜、味方は自分だけ」


※今回の話しはなるべく当時の口調に合わせて書いています。

オムレツ事件の後も私の吐き気は良くなるどころか、頻度は増えてきたように感じる。
お母さんの仕事もますます忙しくなってきて、帰る時間も以前より遅くなった。


沙緒「今日もお母さん遅いって言ってたな。お父さんも今日は仕事で帰ってこないから、夕飯は冷凍ピラフでも食べようかな。」


でもうちは両親共働きだから、こういうのもしょうがないよね。

私だってもうすぐ小6になるし、料理だって学校の家庭科でやっているし、別に平気じゃん。そう思うようにしてるよ。
っていうか鍵っ子だから、親が日中いない分しっかりしているように思われるし、ある意味目立って格好いいし・・・。


沙緒「兄弟もいないから一人遊びも慣れてるし全然楽しいって!」


最近は一人で食事するのにも大分慣れてきた。おばあちゃん達とご飯も食べることもあったけど、20時頃に帰ってきた母親とそのまま外で待ち合わせして外食したりもした。私は外食好きだから結構嬉しい。

両親とも遅い日でもそれなりに楽しく過ごせる。自信はけっこうあります!!

ただちょっと、暗い廊下を一人で歩くのと、一人で風呂でシャンプーするのが怖いんだけど。学校七不思議なんていう本がクラスで流行っちゃったりもしてて・・・私お化け大嫌いだからさ。
だから一人の夜は家の電気を全部つけたまま、テレビもつけたまま。トイレも開けたまま入っちゃったり・・・(苦笑)。

お母さんが作っていった料理を温める以外では、冷凍ピラフが最近のお気に入り。ニチレイの冷凍ピラフ、味が単調だけどはまる!
他に食べるものがないときは、ハムとか海苔とか、かつお節もよくつまんで食べたりする。(お菓子よりお腹にたまるから)

あとはね、一人でテレビを見ながら冷凍ピラフを食べて、クラスメイトと長電話するのが楽しい!親はいないから怒られることもないし。

でも電話相手の友達のほうが親に怒られちゃうこともある。電話の向こうから「いつまで電話してるの!お風呂に入りなさい!」なんて、友達のお母さんの声が聞こえたりね~。

うーん、これはちょっと辛いんだけど・・・。

そういえばこの前、担任の先生に「沙緒は5年生になったらとても優しくなった、ってお母さんが言ってたよ」って教えてもらった。先に寝るときは冷蔵庫にはってあるホワイトボードに「お母さん、お仕事おつかれさま」って書いていたからかな?

お父さんはあんなんで家事も全然やらないしムカつくけど、お母さんのお手伝いはもっと頑張らないと・・・。

お父さんはずっとイライラしてるし。
しかもこの前お母さんの手帳を見たら平日の火曜日に映画に行く予定が入っていた。「私も行きたい」って言ったら、「友達と行くのよ」って言われちゃったんだけど。お父さんも誘ってあげればいいのに・・・。

でも本音を言えば、家で一人ってやっぱり心細い。
吐き気も治らないし、お化けは怖いし。

大抵21時頃には友達との長電話も終わらせないといけないから、その後がちょっと・・・キツイ。

だから最近は、間違い電話の振りをして全然知らない番号にかけてみたり、そんなイタズラもやったりする。まあ、無言電話じゃないから犯罪にはならないよね?

片親の友達もいるんだけど、うちはまだ離婚とかしたわけじゃないから相談するのも変だし・・・家で一人でいるくらい、別に・・・どうってことないと思わないと。


でもやっぱり誰かに相談したいな、
話しをきいて欲しいな。

兄弟とかがいればよかったのに、全くついてないよ、私。


そして最終的に、私は自分自身と相談をすることに決めた
(注意:つまり全て頭の中で行う。後から考えるとかなり病的行為だったかも・・・)。

心の沙緒A「ねえ、なんでお父さんとお母さん仲良くならないのかな」
心の沙緒B「さあ?簡単にわかれば苦労しないよ」
心の沙緒A「この前は夜中の0時を過ぎてもお母さん帰ってこなかったんだよ。朝起きたらいたけど。タクシーで帰ってきたのかな」
心の沙緒B「23時頃玄関の前に立ってたのにね。きっと玄関で待っていたらお母さん喜んだのにね。」
心の沙緒A「私、流石に可哀そうだと思ったよ・・・。」


自分自身に悩みを打ち明けるようになってから、なんか味方ができたような気になってきた。

だけどそれからすぐに、
両親は毎晩夜遅くコソコソと食卓で話し合いをするようになる。

私の吐き気も全然良くならないままなのに・・・。


<つづく>