2007/12/14
“かわいそう”と言われるのが何故嫌か?
母子家庭出身の友人A子に聞いてみた。
「片親だなんて、かわいそう」
この言葉が嫌かどうか?
A子の言葉を引用する。
「かわいそうって決めつけられるのは嫌だね。自分ではそう思っていないからね。それに”かわいそう”ってすごく表面的な台詞じゃない?かわいそうって本当に思ったんならさ、その先までもう一歩踏み込んで欲しいよね。じゃぁこの人自身は、片親をどう思っているのか?ってことをさ。そしたらかわいそうじゃないです、この親で良かったって答えられるのに」
A子は自分のお母さんのことをとても誇っている人だ。父親も母親も両方やってくれたパワフルな人だ・・・・と。
そして私自身のことを考えてみる。
私は”かわいそう”と言われても「嫌ではない」。
嫌じゃないけど「お父さんがいてもかわいそうな人はいる」とも思ってる。
何故嫌じゃないかというと、親の離婚を経験するときに感じる苦しさとかは確かにあると思うので、”かわいそう”と思う人がいるのも分かる気がするのだ。
ただ、ここで私が言う苦しさとは、何も親が離婚したときだけのモノではなくて、両親が家庭内離婚状態だとか、いつもケンカしてるとか、親のどちらかが苦しんでいるとか、暴力があるとか、家族とうち解けられないだとか、そういう家庭に関する悩み全般に対しての苦しみ、ここがミソ。
つまり、そういう苦しみを感じることに対して”かわいそう”と思うのは、ごく自然な感情だと思うわけ。
だから、”かわいそう”って言われてもおかしくないかな・・・・・とも思う。
逆に言えば、シングル家庭で育っても自分は苦しんでなんかない、って人は、”かわいそう”じゃないのだ。
ここで気づいて欲しいんだけど、
両親が揃っていない=かわいそうっていう構図はおかしいってこと。
これは偏見だよね。
だって両親が揃っていない人がみんな”不幸”なわけでも”苦しんでいる”わけでもないもの。
もしシングル家庭だということだけで”かわいそう”と言うなら、それはちょっと待って欲しい。
理想は両親が揃っている家庭!?ということを誰でも考えたことはあると思うけど、
自分の”両親揃っている家庭=幸せ”という考えを、相手に押しつけちゃだめだよ。
A子は「かわいそうって決めつけられるのは嫌だ」と言っていたけど、まさに”片親=かわいそう”っていう構図が嫌なんじゃないかな。
どんなことでも、その人その人を見て、考えてみることが大切だよね。
2007/12/06
自分の人生を誰かのせいにするな
好きな歌によく「自分の人生を誰かのせいにするな」っていう歌詞があって、
最近までは正直、どんな意味なのかあまりピンときていなかった。
自分の人生を誰かのせいにするって、、、どういうこと?
でも最近、突然目の前の霧が晴れるようにこの言葉の意味が鮮明に頭の中に浮かんできた。
私は自立してから、特に親が別れたことで生じる不利益を被っていると感じるようになっていた(親が別れたのは私のせいじゃないのだが)。
嫌な思いをしたってだけではなく、現実としてバラバラになった両親の面倒を今後どうやってみていけばいいのか?とか…、どっちかが倒れたときに私一人で面倒を見きれるのか?とか…、祖父母が死んだら親父の生活面の面倒はやっぱり私1人で解決しなくちゃいけないのかな…とか、考えれば考えるほど未来への希望がなくなっていく感じだった。
「借金の自己破産のように…、人生も自己破産できたらいいのに。背負いきれない責任は一度全部チャラにできたらいいのに…。私が作った借金じゃないんだから」
そんな事を一瞬でも思ったことがあった。
自分がやりたいことが出来ないのは○○のせい。
○○のために自分の人生はうまくいかない。
こんな風に考えるのは簡単。そして一番楽な逃げ方。
「私が恋愛に対して潔癖になってしまったのは親の不倫のせいだし、昔の辛い記憶に怯えて家庭に無理な要求をしてしまうのも昔1人でほっとかれたトラウマのせいだ」
そうだ、私は悪くない。私はずっと自分の家庭を修復しようと頑張っていた。私はずっとお母さんとお父さんが仲良く家に戻ってくるのを待っていたんだから。。
でも、
幸せになれないのは本当に他人のせいなんだろうか。
中学生の頃に「人と比べて感じる幸せなんて脆いものだ、だから私は自分だけの自分のための幸せをつくる」と決めた。
でもそれが上手くいかないからって他人のせいにし続けて、…何かが進展するのか?
幸せかどうかは自分で決めるものだと今でも思っている。そして幸せは自分でつくれるものだと。
“自分の人生を誰かのせいにし続ける限り、自分のための幸せなんて一生手に入らない”、そう気づいた。
恋愛や勉強、仕事がうまくいかないことなんて普通なのだ。
確かに親が別れたのは私のせいではなかったかもしれないけど、それを言い訳にしてできないと思ってしまったら本当にそこで終わってしまう。
幸せになれないのは誰のせいでもない、それを他人のせいにしている“自分”のせいだった。
「自分の人生を誰かのせいにするな」
今はこの言葉の言わんとすることが痛いほどよくわかる。
私と同じ立場の子供たちにも、伝わればいいな。
「自分の人生を誰かのせいにするな、もっと強く、もっと賢く生きろ!」
理想は両親揃っている家庭?
知人から聞かれたこんな質問をされた。
「この前ね、保母さん目指しているっていう子と話していたんだ。それで家庭の話しになったんだけど・・・そうしたら彼女は(子供にとって)理想は両親が揃っている家庭だっていうんだよ。沙緒はどう思う?母子家庭出身の私としてはちょっと憤慨したんだけど」
彼女は訳あって両親が籍をいれていない家庭で育った。でも両親は愛し合っていたと話していた。ただ父親のほうに別に子供がいることが分かってからは、色々と大変なこともあったらしい。
私は、こう答えた。
「この前講義で習ったんだけどさ、家族の形態って文化や時代によって全然違うんだよ。妻が複数の夫と結婚する場合もあったらしい。そうすると、産まれた子供には3人くらいお父さんがいるんだって。だから、今の価値観だけで、理想の家庭を決めることはできないと思うよ。それに、別に血が繋がっていなくたっていいわけだし、私は、お互いに思いやりを持っている家族が理想だと思う。」
知人はうんうんとうなずいていた。
そこで自分のことを考えてみた。
私は父子家庭になって、理想からはずれた家庭の中で育つことになったと思うか・・・・・?
答えは、ある意味YES、ある意味ではNOだ。
両親が別れることの苦痛と、その後の両親との関係の持ち方でかなり嫌な思いをした。だから、父子家庭になったことは自分にとっては良くないことだ。だけど、両親が別れる前よりは全然気持ちが楽になったし、父子家庭になったからといって私は両親に嫌われたわけでもない。だから理想からはずれているとも思わない。
A子が言うように「一人親だって充分幸せだよ」とも思うが、その反面、やっぱり母さんと一緒に暮していたかったとも思う・・・・・・矛盾しているのかなぁ。
でも私が両親とも一緒にいてほしかったと思うのは、子供の頃から一緒に暮してきた人がいきなり消えてしまうのがイヤなわけで、決して「両親ともそろっていなくちゃイヤ」っていうのが理由じゃない。
あと、両親が別れることに自分がまき込まれるのは物凄くイヤだったな。
ただ自分に子供ができたら、絶対離婚できないとも思う。親と引き離される辛さはよくわかるし、自分でもまた同じ苦しみを味わうのかも?と考えると恐怖だ。
結論をいえば、理想の家族なんて一般的なものはなくて、家族によって色々だろう・・・・ね、きっと。
色々あっていい、
それでいいじゃん。
私は離婚はイヤ、だから自分がするのも絶対イヤ。
でも離婚した人が一般からはずれてるとも思わない。
でも、子供の気持ちを考えて行動してほしいと思う。
・・・これが私の気持ち。
不倫と子供の傷
心の三角形「不倫と子供の傷」
不倫は男女だけの問題なんだろうか?という話を以前書いた。
家族の不倫や浮気が原因で苦しい思いをしている子供たちは多いと思う。
そして自分自身が大人になったとき、結婚や恋愛を恐れて二度目の苦しみを味わっている人も多い。
沙緒も親が不倫していたせいで、浮気や不倫を肯定する人には恋愛感情が芽生えなくなってしまった。
異性に対して積極的(女or男遊びしていたり、異性に迫ったり…)、
もしくは「付き合おう」などという言葉を吐いている人間が、
実は既婚者で子供もいると知った途端・・・その人間の顔が気持ち悪く歪んで見えて
私が夜中ずっと帰ってくるのを待っていた親の顔に見えてきてしまう・・・。
そしていつも思い出すのが
両親も誰もいなくて一人でぽつんと座っていたタタミの部屋。
真夜中にたった一人は怖くて、
つけっぱなしにしていたテレビの音。
次の瞬間目から涙が溢れてきそうになる・・・・。
さすがに人前では泣かないが、一人きりだと絶対涙がこぼれてしまうのだ。
(人前では滅多に泣かないため沙緒はクールだと勝手に思われているのだが)
何故なのだろう。
どうして今更また思い出すのか。
記憶は着実に薄れてきているというのに。
浮気や不倫を肯定する人間たちは心の中で蔑み、相手にしなければいいだけなのに。
しかし、
彼らを「人としてクズだ!」と決め付けてしまうのは非常に簡単なのだが
そう考えたからって楽にはなれない。
じゃあ許す…或いは彼らの生き方を受け止めることで、私は楽になるのだろうか?
・・・やはりそれも違う気がする。
世界中、人間のいる社会では色んな恋愛観や結婚の形があり、
必ずしも不倫・浮気が悪にはならないと私は理解している。
私の恋愛観が日本社会の多くの人間と比べて偏っているために
心の中ではどうしても消化できない部分が時折傷んでしまうのだ。
そして、
私は考えた。
私ができること・・・それは
「私自身の生き方を守ること。」
だと思う。
様々な価値観、様々な性格、様々な人間がいるのは当たり前だ。
その中で不倫をしている人間を論っては「クズだ」「間違っている」と非難しても私は前に進めない。
不倫をしている人を、自分の家族をぶち壊した実親に重ねてみても
壊されてしまった私の家族は戻ってこない。
私は足踏みをしたいわけではなくて、前に進んでいきたいんだ。
はっきりとそう思った。
「自分が守りきれなかった家族を(つまり沙緒と両親が暮らしていた頃の家族)、
もう一度自分自身の手でつくらなくちゃいけない。」
「今度こそは大切に、しっかりと守っていかなくちゃ。」
今度自分で家族をつくるときは、私はもう、
ただ親の帰りを待っていただけの子供じゃない。
以前は主人公(父親と母親)たちが舞台で演じているのをただただ見ているだけで
舞台には上がらせてもらえなかった。
でも今は違う。
私は自分の足で舞台に上がれる。
そして自分の力で自分の家族を守ることができる。
「私自身の生き方を守ること。」っていうのは
不倫や浮気をしている人を蔑み非難することでもなく、
また不倫や浮気をする人たちを許し彼らに合わせることでもない。
自分が信じた道を進み、自分があるべきと思う家族を作り守っていくことだ。
だから私自身にも、その夫となる人にも不倫や浮気は許すつもりはないし、
子供を産むのであればそれ相応の覚悟できたときに産む。
今のところ出産したいとは思わないが、もしも子供が授かるのであれば
そのときは私と、夫と、子供の“とらいあんぐる”をしっかり守りたい。
私は命がけで守る。
夫にも命をかけてほしい。
中途半端な気持ちでは絶対子供は産みたくない。
もう二度と、
自分の家族を壊されることだけはしたくない。
私には出来る。
私なら大丈夫。
自信を持って!
第八話「親と自分を切り離す方法」
第八話「親と自分を切り離す方法」
小学生のころは、親が仲直りしてくれることを祈り、お手伝いもいっぱいして、一人ぼっちの夜も我慢していた。
でも結局それが無駄だという結論に達し、親と自分は切り離して考えることにした。
親と自分を切り離すということは、自分の考えや意見は全く親に言わないということ。
離婚とか別居とか・・・そんな事は自分とは関係ないことと自分に思い込ませること。
親や家庭の影響を受けないために、自分の心と思考を一切遮断すること。
中学校から帰ってきて、家族3人で夕食を食べていても会話もはずまず、
重苦しい空気が漂っていた。
そういう時は一気に心のシャッターを下ろす。
私の視線は常に茶碗とおかずにだけ向けられる。
彼らの会話はただ私の耳を通り過ぎていくだけだ。
思考も停止して、人形のようにただ飯を食う。表情も絶対変えない。
常に親とは学校のこととか、適当な話題をしておく。
普段は学校や、友達、好きな人、洋服、テレビ番組のことだけを考える。
勉強中突然父親が大きな声をあげたとしても、一瞬びくっとなるが、その1秒後にはシャッターが下りてきてその事は考えないようにした。
私はけっこううまくできた。
シャッターを下ろすと思考や五感を遮断することに集中できるため、
以前より楽だった。
涙は流さなくてもすんだし、
胸が苦しくなったり、悲しさで気持ちが高ぶることも少なくなった。
そして、
親との会話は一気に減った。
外からの影響をシャットアウトすることにより、
私の心は短くも平穏の時を迎えたように感じていたのだが・・・
シャッターで閉ざされた私の心は
外からの影響もシャットアウトする代わりに、
自分から外へ感情を吐き出すこともなくなった。
吐き出されないままその感情は私の心のシャッターの中に溜め込まれ・・・
少しずつ増えていった。
(その後高校に入ってから爆発する・・・)
吐き出す先のない感情を溜め込んだ私は・・・
知らない間にどんどん攻撃的になっていった。
***つづく
第七話「暗黒時代の幕開け」
離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった
第七話「暗黒時代の幕開け」
私が悲しいと感じるのは自分のことだけ。そう自分と確認しあった小学生の私。
極力家族や、親のことを考えないように生きるよう努力をした。
「私は私のために生きる」
一日に何度も呪文のように自分に言い聞かせることもあった。
そして私は小学校を卒業した。
中学校はクソだった。
友人関係、教師、規則など、イヤなことがてんこ盛りで、
卒業してから1度も足を踏み入れていない。
私の中で暗黒の時代になっている中学校時代、その暗黒時代形成の一躍を担ったのが親の別居。
だけど当時の日記には親の話は一切書かなかった。
親と自分は切り離して考えることに決めていたので、書かないことに決めていた。
だけどやはり影響は出ていたと思う。
母親がでていく冬までの期間、私の吐き気もピークを迎えていた。吐き気の回数は多くなり、中学校でも何回も気持ち悪くなった。
言葉遣いも悪くなったし、
色んなことに対して以前よりも攻撃的になっていった。
次回からはそんな暗黒時代・・・じゃない中学校時代に突入します。
***つづく
第六話「私の人生、私の心なのに…」
第六話「私の人生、私の心なのに…」
家族の関係を修復できないでいる私のことなんて気にもとめないかのように、勝手に夏がきて、春がきて、秋がきた。
おばあちゃん達と食べるご飯にも段々慣れてきた。でも夜は怖いから、なるべくおばあちゃんと一緒にお風呂に入った。
いくら頑張っても私の気持ちは両親に伝わらない。一度だけ伝えたけど(※第五話参照)あんまり意味なかったし。
家の中の重苦しい空気の中で生活するのも、呼吸困難になりそうな怒りと悲しみを抑えるのにも、
もう疲れた。
吐き気をもよおす回数も段々増えてきた気もするし。
そして、とうとう私はある結論に達した。
「もう親に振り回されるのはいやだ」
「どうしてお父さんお母さんの仲が悪いことで、私の心が傷付けられなくちゃいけないの?私の人生、私の心なのに・・・・」
「私が直接何かされたわけじゃないんだし、親同士がモメてることで、私までが不幸になってたまるか!」
「親の問題は、自分とは切り離して考えよう」
それ以来、私は自分の本心を親に話さないことにした。もう自分が何をしても無駄なら、せめて傷つかないようにしようと思った。
「私の考えは私のもの。この人達と関係ないし、この人達の気持ちも私には関係ない。別に離婚したっていいよ。そんなの私に関係ないもん。あなた達が離婚したことで、私の心が悲しいと感じたりはしない。私が悲しいと思うのは、自分のことだけ。」
自分と親を切り離して考えるようにしたため、その後も親の前ではそれぞれ一度しか泣いていない。この1年後、母が「お母さん別の場所で暮らすの」と言ったときも「ふーん」とかしか言わなかった。それが私にできる精一杯だった。
****つづく
第五話「最初で最後の手紙」
離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった
第五話「最初で最後の手紙」
※今回の話しはなるべく当時の口調に合わせて書いています。
両親は毎晩、私が寝た頃を見計らって、食卓で話し合いをするようになった。でも、いつも夜中まで親の帰りを待っていた宵っ張りの私は、そんな簡単には寝付けない。
毎晩、そーっとドアに耳をあてて、話している内容を盗み聞きしようとした。
廊下を抜き足差し足で歩いていって、ドアが揺れないように静かに耳を押し当てる。これって結構難しいんですよ!
でも声が小さくてよく聞こえない。
父が母に「お前と一緒だったら学校は・・・・」とか言っている台詞が聞こえた。
離婚なのかな、何なのかな。
不安になったけど、でも離婚なんてまだ全然ピンとこない。とにもかくにも、話している内容を探らなくては。
そこで私は食卓のテーブルの裏に、テープレコーダーをセットしてみたりしたが、やっぱりよく聞こえなかった。ただ二人とも低く怖い声でボソボソ話しているだけ。話の内容はわからなかった。
両親が夜中に話し合いをしていると、なんか物凄く不安になってきて、怖くて、やっぱり涙が滲んできちゃう。
ある夜、私はたまらなくなって自分の部屋からペンとメモを持ってきた。
「誰もわるくないよ、だからケンカはやめて」
とそのメモに書いて、二人が話し合っている部屋のドアに押し込んだ。
これまで私は両親に、「仲良くして」とかそんな自分の気持ちを伝えたことは一度もなかったから、このメモを渡すのはすごく勇気がいることだった。
だって自分の気持ちを伝えて拒否されるのが怖かったし、その話題自体を持ち出すのも怖かったから。
でも
押し込んだ時、
ドアが揺れてガタガタ音を立ててしまった。
やばい!
私は音に気づいて親が部屋から出てくると思い、急いで寝室に戻って布団にもぐりこんだ。
だって顔をあわせたら気まずい。(こんな涙でくしゃくしゃの顔を見せるのも嫌だし)
そしたら数分後にお父さんが寝室に入ってきて、「ごめんな」とか何とかって言っていた。緊張していたのであんまり良く覚えていない。
心の中で「やっぱり気持ちを伝えても、ダメだった」とだけ思った。
すぐにお母さんも寝室に戻ってきて、二人とも私を間に挟んで寝た。
私は左手をお父さんの布団の中に入れて、お父さんの手を探した。握ったお父さんの手はすごく大きかった。右手はお母さんの手を握った。お母さんの手はどんなだったか、よく覚えていない。
上を向いて目をつむっていたのに、涙が溢れてくるぐらい大量に出てきて、鼻水もたれてきた。
頭は真っ白で何も考えられなかった。
ただただ、
悲しい、苦しい、胸を押さえつけられるような感情の高ぶりを抑えるのに、精一杯だった。
私の初めての小さな勇気はどれほど伝わったのだろう。
次の日以降も、状況はほとんど変わらなかった。
そして、私はある結論に達する。
***つづく
2007/11/24
第四話「久しぶりの食事は涙と吐き気と…」
離婚・別居子供の気持ち-「別れないで」言えなかった
第四話「久しぶりの食事は涙と吐き気と…」
※今回の話しはなるべく当時の口調に合わせて書いています。
自分と(頭の中で)相談をするようになってから、なんか味方ができたような気になってきた。少しだけ気持ちも楽になった…ような気がしないでもないような…。
私は小6になった。お受験の始まる友達もいて、中学校が身近に感じるようになってきた。
ただ小6になった後も相変わらず突然吐き気をもよおす症状が治らず、「本当に何の病気?」とだんだん不安を覚えるようになってきた。
両親は仕事が忙しいのか、前にもまして家にいない時間が増えた。夕食はおじいちゃん、おばあちゃんと食べるのが日課になってきた。もともと二世帯住宅だったから、以前は夕食も親子3人だけで食べていたんだけど…。おばあちゃん達はご飯と魚ばっかりで、昔の人だからちょっと古くなったものでも勿体無いから食べなさいって言われるし、なんかすごく食欲がうせちゃう…、あーこれなら外食したほうがましじゃん。
小6になってからのある日、家族で久しぶりに近所の中華料理屋に外食にいった。親子3人の食事は本当に久しぶりで、内心すごく楽しみだった。
でも、結局私の期待はぼろぼろに踏みつけられるのだった。
お店に入った後もお父さんはずっとイライラしてて、奥のお客さん達が盛り上がってうるさいのを見て「本当にうるせーなー、何なんだよ!」とわざと聞こえるように大きな声で叫んだりした。お店の人も「すみません、何かの集まりのようで」と言っていたが、私はすっごく恥ずかしくて、しかも奥のお客さんに聞こえたらどうしようとハラハラしていた。お母さんがお父さんをなだめようと「これ美味しいね」なんて言っても、余計怒り出す始末…。
あ~あ、なにこれ。こんなの私が楽しみにしていた食事じゃない…。
そしたらまた突然例の症状が現れ初めて!う…、き、気持ち悪い。私はお店のトイレに行って、便器の上で「オエェ」と吐こうとした。
でも何も出てこない。気持ち悪いのにいっつも吐けない。
なんでか、今度は吐けない代わりに涙が出てきた…目頭も熱くなってきた。でも急いでトイレの紙で目を押さえて涙を吸収させた(泣いているところなんて見せたら格好悪いし、一応家族で食事に来たんだし)。
席に戻った後も、お父さんは相変わらずムカつく感じで、食べ物も全然美味しく感じなくて、私は結局5回くらいトイレを行ったりきたりした。
もう、いつまでこんな事が続くのかな。お父さんとお母さんは仲直りできないのかな。お手伝いを頑張っても、何しても、何も変わらない。
私はどんどんやる気がなくなってきた。
***つづく
第三話「一人の夜、味方は自分だけ」
第三話「一人の夜、味方は自分だけ」
※今回の話しはなるべく当時の口調に合わせて書いています。
オムレツ事件の後も私の吐き気は良くなるどころか、頻度は増えてきたように感じる。
お母さんの仕事もますます忙しくなってきて、帰る時間も以前より遅くなった。
沙緒「今日もお母さん遅いって言ってたな。お父さんも今日は仕事で帰ってこないから、夕飯は冷凍ピラフでも食べようかな。」
でもうちは両親共働きだから、こういうのもしょうがないよね。
私だってもうすぐ小6になるし、料理だって学校の家庭科でやっているし、別に平気じゃん。そう思うようにしてるよ。
っていうか鍵っ子だから、親が日中いない分しっかりしているように思われるし、ある意味目立って格好いいし・・・。
沙緒「兄弟もいないから一人遊びも慣れてるし全然楽しいって!」
最近は一人で食事するのにも大分慣れてきた。おばあちゃん達とご飯も食べることもあったけど、20時頃に帰ってきた母親とそのまま外で待ち合わせして外食したりもした。私は外食好きだから結構嬉しい。
両親とも遅い日でもそれなりに楽しく過ごせる。自信はけっこうあります!!
ただちょっと、暗い廊下を一人で歩くのと、一人で風呂でシャンプーするのが怖いんだけど。学校七不思議なんていう本がクラスで流行っちゃったりもしてて・・・私お化け大嫌いだからさ。
だから一人の夜は家の電気を全部つけたまま、テレビもつけたまま。トイレも開けたまま入っちゃったり・・・(苦笑)。
お母さんが作っていった料理を温める以外では、冷凍ピラフが最近のお気に入り。ニチレイの冷凍ピラフ、味が単調だけどはまる!
他に食べるものがないときは、ハムとか海苔とか、かつお節もよくつまんで食べたりする。(お菓子よりお腹にたまるから)
あとはね、一人でテレビを見ながら冷凍ピラフを食べて、クラスメイトと長電話するのが楽しい!親はいないから怒られることもないし。
でも電話相手の友達のほうが親に怒られちゃうこともある。電話の向こうから「いつまで電話してるの!お風呂に入りなさい!」なんて、友達のお母さんの声が聞こえたりね~。
うーん、これはちょっと辛いんだけど・・・。
そういえばこの前、担任の先生に「沙緒は5年生になったらとても優しくなった、ってお母さんが言ってたよ」って教えてもらった。先に寝るときは冷蔵庫にはってあるホワイトボードに「お母さん、お仕事おつかれさま」って書いていたからかな?
お父さんはあんなんで家事も全然やらないしムカつくけど、お母さんのお手伝いはもっと頑張らないと・・・。
お父さんはずっとイライラしてるし。
しかもこの前お母さんの手帳を見たら平日の火曜日に映画に行く予定が入っていた。「私も行きたい」って言ったら、「友達と行くのよ」って言われちゃったんだけど。お父さんも誘ってあげればいいのに・・・。
でも本音を言えば、家で一人ってやっぱり心細い。
吐き気も治らないし、お化けは怖いし。
大抵21時頃には友達との長電話も終わらせないといけないから、その後がちょっと・・・キツイ。
だから最近は、間違い電話の振りをして全然知らない番号にかけてみたり、そんなイタズラもやったりする。まあ、無言電話じゃないから犯罪にはならないよね?
片親の友達もいるんだけど、うちはまだ離婚とかしたわけじゃないから相談するのも変だし・・・家で一人でいるくらい、別に・・・どうってことないと思わないと。
でもやっぱり誰かに相談したいな、
話しをきいて欲しいな。
兄弟とかがいればよかったのに、全くついてないよ、私。
そして最終的に、私は自分自身と相談をすることに決めた
(注意:つまり全て頭の中で行う。後から考えるとかなり病的行為だったかも・・・)。
心の沙緒A「ねえ、なんでお父さんとお母さん仲良くならないのかな」
心の沙緒B「さあ?簡単にわかれば苦労しないよ」
心の沙緒A「この前は夜中の0時を過ぎてもお母さん帰ってこなかったんだよ。朝起きたらいたけど。タクシーで帰ってきたのかな」
心の沙緒B「23時頃玄関の前に立ってたのにね。きっと玄関で待っていたらお母さん喜んだのにね。」
心の沙緒A「私、流石に可哀そうだと思ったよ・・・。」
自分自身に悩みを打ち明けるようになってから、なんか味方ができたような気になってきた。
だけどそれからすぐに、
両親は毎晩夜遅くコソコソと食卓で話し合いをするようになる。
私の吐き気も全然良くならないままなのに・・・。
<つづく>
第二話「潰れたオムレツ」
第二話「潰れたオムレツ」
両親が言い合いをしているところは見たことはないが、二人の出すオーラは明らかに違ってきていた。なんか変にイライラしていて、家族三人で食事をしていても空気はとても重苦しかった。
父の好きなことに母を誘っても、丸っきりそっけなかったり。母は自分の好きなことに私をよく連れて行ってくれたが、父には出かけることさえおしえなかったり・・・。
「どう見ても、なんか変」。
私はそう感じ始めた。
ある時、母の友人らと海へ旅行に行くことになった。私はすっごく楽しみでウキウキしていた。
「でもどうしてお父さんは行かないのかな?」。
ちょっと釈然としなかったけど、まあ海へ行けるからいいかな~、なんて考えていた。
そしたらある日、父親にすっごく怖い顔で言われた。
「どうして俺をさそわないんだよ!!!」。
・・・・・?
私はびっくりして、そしてよく分からないけどめちゃくちゃ恐ろしくなって震え上がった。
母がいじわるをして父を誘わなかったんだと、その時やっと理解した。
父は何かというとイライラして、たまに怒鳴るようになった。
小5のある土曜日、午前中で学校が終わった私は喜んで家に帰ってきた。母はいなかったが父はいた。お昼ごはんはまだという。
私はこの前父が作ってくれたまずいチャーハンの記憶があったので、今日の昼は私がラーメンを作りますと宣言した。インスタントラーメンの袋裏を見ながら、麺をいれて、薬味を入れて・・・。すると父が「卵を入れてくれ」というので、冷蔵庫から生卵を出して割って入れた。そして最後に菜ばしでグルグルかき混ぜて出来上がり・・・!
父「なんだこれ??卵を入れてくれと言ったら普通は卵とじにするんだよ・・・。あーあ、まあいいや」
そう文句を言われた。
だって生卵を落としたラーメン、お父さんはいつも最後に箸でグルグルかき混ぜてお汁と一緒に飲んでたじゃん!!
なんかすっごく頭にきた。でも口調がとても強かったので、怖くて言い返せなかった。
共働きなのに父は家のことは全て母にまかせっきりで、それが仲が悪くなった原因に違いないと私は思うようになった。
沙緒の心中(家のことは何もせずに、こんなに文句ばっか言われたらお母さんだって頭にくるよ!)
だから私は少しでも母の負担を軽減するよう、お手伝いをすることにした。学校から帰ってきたら母のメモに従ってお買い物。たまに残ったお釣りで焼き鳥を一本食べるのが楽しみだった。
食事の後は食器をさげる。
洗濯が終わったら洗濯物はすぐ取り出す(臭くなるから)。
靴下はそろえて干す。
ガスは使い終わったら必ずガス栓を止める。
私はなんだか急に賢くなったみたいな気がして、変に得意になってきた。
買い物に行けば「お遣い偉いわね!」と褒められるしね!!
そして、「このくらいの事、お父さんもやってあげればいいのに!」とますます父に腹を立てていた。
また別の土曜日の午後、
家に帰ってきたら父だけがいて、朝から食卓に置かれたままのオムレツに小虫がたかっていた。
母が作って置いていったオムレツだったと思う。ラップがちゃんとされていなかったため、虫が中に入ってしまっていた・・・。
そうしたら父がやってきて、案の定イライラしているようだった。
父はオムレツを見るなりこう怒鳴った。
父「きたねぇ~なーー!どうしてうちはちゃんと片していないんだよ!!」
・・・
それを聞いた途端、私は一気に頭に血がのぼってきて、オムレツを皿ごと掴んで階段を駆け下り玄関から飛び出した。
そして家の目の前の道路に虫ごとオムレツを投げ捨てた。道に投げつけたオムレツはべチャッという音をたてて、アスファルトの上に潰れて広がった。
私は興奮していたのかめちゃくちゃ息が切れていた。
本当にムカついて、腹が立っていた。
・・・でも、
まだ虫が飛んでいる黄色いオムレツだった塊を見てたら・・・、
なんでか涙が滲んできた・・・。
それで、その場に立ち尽くしたまま涙がボタボタ地面にたれた。
自分でオムレツをゴミ箱に捨てることさえしない父親にムカついて涙が出てきたのか・・、
母がせっかく作ってくれたオムレツにそんな暴言を吐いた父に失望して涙が出てきたのか・・・
それとも亀裂の入った家族の関係を修復できない自分のふがいなさに涙が出てきたのか・・・。
いろんな感情がごちゃまぜになって、涙と一緒に地味に流れていった。
・・・そしてやっぱり、私の吐き気も全く良くなりはしなかった。
<つづく>
2007/11/20
第一話「吐き気」
第一話「吐き気」
――両親の仲がぎくしゃくし始めて、そんでもって両親とも夜遅かったり、仕事で帰ってこなかったりで、夜中に一人でウダウダしていた小4くらいからのお話し。
両親の仲が悪くなり始めていたのには薄々気づいていた。
両親たちは私の前で言い合いをしたりする場面もほぼなく、私の前では隠しているつもりだったのかもしれないが、一緒に住んでいるのだ、気づかないはずがなかった。
個人差はあれど、9歳にもなれば相手が嫌がることだってできるし、悪口も充分いえる。小学生の女の子だって学校では、「Aちゃんがいない所でBちゃんはAちゃんの悪口を言った」だの、「CちゃんはAちゃんグループで孤立している」だの、そんな政治的抗争を繰り返す年齢に達している。だったら両親同士が相手を嫌がっているのだってある程度は察知できても全くおかしくない。
よく「子供だからまだ分からない」なんて台詞を聞くが、自分の子供の頃をよく思い出してほしい。7歳、8歳は子供ですか?愛は理解できなくても、愛がないことはきっと理解できる。きっと体で感じてしまう。
いじめが始まる年齢なら、相手を追い詰めたり攻撃したりすることができる年齢。言い換えれば、家族が相手を追い詰めたり、攻撃したりするのも見て理解できる年齢だと思う。
私の場合は、
心より先に体が感じてしまったようだ。
両親のギスギスした雰囲気を感じ始めるのと同時に、小4くらいからか、私は吐き気をもよおすようになった。
当時は理由はよく分からなかった。つわりのように突然気持ち悪くなって、トイレに駆け込むこともあった。(数分するとおさまる)
授業中や食事前、いろんな場面で気持ち悪くなった。
小6から中1にかけて一番ひどくて、毎時間気持ち悪くなることもあった(授業に集中できない~)。風邪をひいていたわけでも、特に他に悪いところがあったわけでもないのに・・・、おかしい、おかしい。ずっと不思議だった。ローティーン向け雑誌の悩み相談とかを読んだりしてみたけどやっぱり解決できないし。成長痛みたいなものかな?とも思っていた。
両親が別居してから自然となくなったから、今は平気。後になって自律神経失調症の症状と似てるなぁ(胃酸が出すぎた時の気持ち悪さ)とも思った。
きっと、親の前であまり泣かなかった代わりに体が泣いてくれていたのかもしれない。
ごめんよ、私の内臓・・・。
だから、胃酸が出すぎて気持ち悪くなるといつも小学校の頃を思い出してしまう・・・。特に、一人っきりの寝室と、潰れたオムレツ・・・。
<つづく>
不倫=男女の問題?
両親が別れてしまって大分経ったが、私の心の傷はまだ深いなと思うことがある。
母が不倫をしていたため、子どもがいるのに不倫や浮気をする人(或いは相手に子どもがいるのを知りながら不倫をする人)に対して物凄い嫌悪感を持っている。
お付き合いをする相手に対しても、友達から言わせると変な?条件を求めてしまう。例えば彼女がいる男性を私が好きになってしまったとしよう。しかしその男性が彼女がいるにもかかわらず私のことを好きになってしまったら、私はもうその男性に愛は芽生えないと思う。
怖いんだ。
もしかしたら、私と付き合いだした後もまた同じ事をするのでは・・・?他の人の事を好きになってしまうのでは・・・?どうして彼女がいるのに他の人に気持ちが変わってしまうのか、彼女に対する気持ちはそんなものだったのか?そう考えてしまって、気持ちは一気に冷めてしまう。
人を好きになる気持ちなんて、自分で操作できるものじゃないと片方ではわかっているつもりでも、怖い。
「親みたいになりたくない」
ずっとこの言葉だけが頭の奥のほうに貼り付いているみたいで、自分でもどうにもできない。どうして不倫や浮気に対してこんなに強いこだわりを持ってしまうのか・・・。
「ただ結婚して子どもが出来た後、他の人を好きになってしまっただけじゃないか」
「好きになってしまうのは止められないでしょ。」
「結婚したら家族になっちゃうから、配偶者を恋人としては見られない」
こんな風に言っている人を見たこともある。私はまだ結婚したことがないからよくわからないけど、この人たちが言っていることも正しいのかもしれない・・と思う時もある。
でも・・・。
子どもがいるのを知っていて、その相手と不倫している友人、
自分も子どもがいるのに「彼女がいる」と当たり前のように話している男性、
でもみんな「子どもがそれを知ったらどう思うか」という話をしているのは見たことがない。
出てくるのは、不倫の当事者と、その配偶者のことばかり。
わざと考えないようにしているだけなのだろうか。それとも想像できないのか。
私は漫画や小説、ドラマでそういう登場人物が出てくるだけでも憂鬱な気分になる。
不倫の話を書いている漫画や小説には殆ど「親が不倫している子ども」の気持ちは出てこない。
不倫=男女の問題、という印象しか与えない物ばかり。
「だって好きなんだもん、でも奥さんがいただけ」とか、「娘もいるから簡単には離婚できない、でも待っていてくれる?」とか、そんな台詞が出てくるたびに、胸が苦しくなって涙が溢れてきそうになる。
「どうして私がこんなに苦しい思いをしなくちゃいけないの?好きになったって言うんだから、勝手にやらしておけば」って思おうとしても、どうにもならない。
離婚を描いたストーリーにしても、子どもの立場からそれを描いたものはごく少数だ。
大抵が男と女の物語・・・。
子どもがいたら、男と女の問題だけでは済まないはずなのに。
母も「好きになってしまったのだから仕方なかった」と思っていたのかもしれない。父にもたくさん問題があったので母だけ責めるわけにはいかないこともわかっている。
しかし、その不倫が原因で私の価値観は大きく変わり、友達からは「恋愛にクソ真面目すぎる」と言われてしまう人間になった。
そしていまだに不倫の話を聞くだけで憂鬱な気分になり、とても苦しい。
「人の痛みがわかったのだから見方を変えればよかった」と言う人もいるかもしれない。
でも、人の痛みなんてわからない人のほうが自分勝手に幸せに生きている。
子どもの気持ちをズタズタに踏み潰しているかもしれないことを想像もせず、不倫をしている人たち。後者になれたなら、どれだけもっと気軽に生きていけるだろうか。
前書き「一人で寝るのは寂しいけど…」
前書き「一人で寝るのは寂しいけど…」
父親は夜勤などがある仕事だったので、幼い頃から家に帰ってこないことに慣れていた。ただ夜勤の日の夜は必ず電話をくれたのを覚えている。
小4のころから両親のすれちがいが起きていたと思うが、母親の仕事が忙しくなったのも影響しているのではないかな。最初は毎週1回くらい残業で遅く帰ってきて、だんだん週2、3・・・というように残業後お酒を飲んでくることも増え(打ち上げとかって言ってたなぁ)、帰ってくる時刻も次第に遅くなった。
共働きの2世体住宅の家庭で、家事全般母がこなしていたために、母が遅い日の夕食は1階の祖父母たちととるようになった。でも母が朝作っていったおでんとか、カレーを温めて食べることも多かった。
父は家事をほとんどやらない。文句は言わないけど、頭でわかっているだけで結局何もやれないタイプ。普段は母が仕事から帰り急いで夕食を作っていた。そういう面でも母にストレスが溜まっていたのだろう。日曜も友達と遊びに行くとかよりは、家の掃除とか、私を連れて買い物に出かけていた。幸い母親の実家が比較的近かったため、実家から煮物とかおかずとか貰ってきたりもしていた。
父が夜勤で母が遅い日は、私は祖父母と一緒に夕飯をとり、祖母と一緒にお風呂に入ったりしていた。まぁ老人は寝るのが早いので、小5ですでに宵っぱりだった私は、夜のTVを見放題。イタズラし放題。そんな感じで眠くなるギリギリまで母親の帰りを待ちながら一人で起きていた。
もともと我が家は、両親と一人っ子の私が川の字になって寝ていたので、一人で寝るようになってからは本当に心細くて・・・、でも子供ながら「お父さんもお母さんも仕事で頑張っているんだ」と我慢していた。
一人で寝るのは寂しいけど、必ず帰ってくると思えば我慢できたから。
たまに夜0時頃、家の玄関にうずくまったりもしてたけど。
今冷静に考えてみると、遠く離れているのは確かに寂しいけど、自分は愛されているという確信がもてないことが寂しいのであって、ただ傍にいないことだけが寂しかったのではない。私はそうだった。親が別居してから3年経った高校2年の春、私はあることをきっかけに母が不倫らしきことをしていたのを知ってしまう。子供のころ、お母さんは絶対帰ってくると信じていた時、彼女は毎晩何をしていたのだろう・・・・・と色々疑ってしまったりした。
私は両親が共働きで忙しかったことなんてどうでもいい。あんまりかまってもらえなかったから寂しい??・・・なんて、そんなの屁でもない。
ただ後に母の不倫をしってからは、自分の親への愛が一方通行だったのかもしれない・・・・・そんなことを考えて寂しくなった。
子供が欲しいのは、自分へ向けてくれる親の何かだと思う。そう思うのは私だけかな?
冷蔵庫にマグネットで吊る下げてあったホワイトボードに「お母さん、おつかれさま、おかえり」と、母が遅い日の夜はメッセージを書いたのを覚えている。
そんな感じで、もともと一人っ子で甘えん坊だった私が2世帯住宅で一人で寝るようになり、重ねて両親の少しギスギスした雰囲気を感じとるようになって、なんだかダブルパンチを喰らったようだった。
そして・・・小4から中1くらいまで突然吐き気をもよおすようになる。
<つづく>
2007/11/19
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